日本土地建物の視点

CATEGORY#2日本土地建物が
生み出す価値
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東京のど真ん中・京橋で
街と施設のブランド力を高めていく。
それがタウンマネジメントの真価。

タウンマネジメント

木村 美樹雄

2010年入社
資産マネジメント第二部

「本当にそんなことができるのか」--。
京橋エリアで半世紀途絶えていた盆踊り。

京橋の地で約半世紀途絶えていた「盆踊り」を復活させたい。権利者とともに進めてきた再開発の象徴的なイベントとして、木村は何としても実現させる意気込みだった。
「京橋エドグランが出来るまでは、京橋エリアには盆踊りを開催できるような広場空間がありませんでした。地元の方によると、約半世紀の間、盆踊りが開催されていませんでした。でも、京橋の魅力は江戸時代から連綿と続く粋と人情だと、いつも権利者の方と話をしていました。だからこそ、『京橋エドグラン』の開業で生まれた京橋中央ひろばで、その象徴となる盆踊りを何としても復活させたかった。しかし当初は懐疑的な声が大半でした。『本当にそんなことができるのか』って。」
木村は京橋エドグランでタウンマネジメント(以下TM)を担当している。TMとは、建物の敷地内や周辺でイベントなどを行って集客し、施設の魅力を維持・向上させ資産価値を継続していくこと。それが結果的に事務所リーシングや商業施設の売上増、ひいては地域の活性化にもつながるのだ。
「京橋エドグランの開発にあたって特定業務代行者の代表企業を務めた私たちには、このプロジェクトを成功させる責任があります。これから先、50年、100年と続いていく『京橋エドグラン』の最初のTM担当になり、大きなプレッシャーがありました」
TMは施設の価値をソフト面から高めることを目的としてはいるが、木村はその先のこと、つまり「京橋の街づくり」を大きく視野に置きながら業務に当たっている。
「京橋はこれから大きく変貌し発展していくエリア。京橋エドグランはそのリーディングプロジェクトという位置づけです。近隣には開発中のビルも多く、八重洲側には2件の大型再開発も計画されています。この周辺状況を見据えて、エリア自体のブランド力向上にもつなげていきたい」
2017年夏に開催するイベントの企画会議。そこで木村は「盆踊り」の開催を提案した。一見突飛ともとれる提案に同僚たちは戸惑っているようにも見えたが、木村にはある成功体験があった。それが木村の大きな自信につながっていた。
「盆踊りは必ず成功する。最後までやりぬいてみせる。」

「グランフロント大阪」の盛り上がりを京橋で。
大阪での成功体験が木村の思いを鼓舞した。

木村は「京橋エドグラン」の担当になる以前、大阪の「一般社団法人グランフロント大阪TMO」に出向し初めてTM業務を担当した。
複合施設「グランフロント大阪」は、JR大阪駅の北口で進められた大型開発事業。開発面積約7haにも及ぶ大規模事業で、2013年4月に開業した。日土地も開発事業者の1社として参画している。木村はそこに約3年間在籍し、「TMとは何か」といった基礎から体感する機会を得た。
「最先端のTMを経験できるチャンスだと考え、出向を希望しました。出向が決まった時は嬉しかったです。学生時代は研究室で景観計画の策定や自治体の上位計画づくりに関与しており、建築だけでなく、その使われ方や街の運営というソフト面にも興味を持っていたので、念願が叶ったと感じました。」
2012年の大阪行きを端緒に木村はTM担当として経験と実績を積み、イベント企画・運営や交通事業の社会実験、周辺事業者と連携したエリアマネジメントなどTMに関わる多様な業務ノウハウを吸収していった。
2012年より大阪・梅田の活性化を目的として開催されている「梅田ゆかた祭」。木村は2013年と2014年の2回、その運営に携わったが、そのコンテンツの一つが「盆踊り」だった。梅田エリアでの盆踊りは約30年ぶりと言われ、メディアにも盛んに取り上げられた。2日間で延べ数千人が集まるイベントとして大成功している。
「広場でみんなが輪になって踊る様子は本当に圧巻でした。グランフロント大阪で働いている方、通りすがりの方、周辺住民、外国からの観光客も参加して、街にいるさまざまな人が楽しめるイベントになりました。これは忘れられない強烈な成功体験でした」
2015年、木村は大阪から東京に戻り、「京橋エドグラン」を担当する京橋事業部(当時)に異動、TM担当としての業務をスタートさせた。盆踊りが素晴らしいコンテンツだと確信していた木村は、新たに誕生する京橋エドグランでもそれを実現させたいと考えていた。日土地のTMの特徴は、「ともに創る」こと。イベント開催を専門業者に一任する施設も少なくない中、京橋エドグランではそのほとんどを日土地の社員が中心となって企画、権利者の意見も取り入れながら創り上げていく。大階段を利用した音楽ライブは月2回、定期的に開催。スクール事業「京橋縁カレッジ」で行うワイン講座や落語講座も好評だ。京橋にちなんだ職人技の光るアイテムをそろえた物販イベントも検討中だ。木村は、目まぐるしく日々の業務を進める一方で、盆踊りの実現に向けて、夏のイベントの企画に着手した。

「木村さんがそこまで言うなら」。
粘り強く説明し実現にこぎつける。

「盆踊りを復活させたいと思っているんですよ」
木村は機会があるごとに地元の方々に想いを伝えていた。だが、皆の反応は芳しくなかった。
「京橋では盆踊りをしばらくやってないんだ。寄付の集め方もわからないし、地域にお師匠さんもいない。何を踊れば良いのか、踊り方もわからない。できっこない」
だがそんな反応にも木村は諦めなかった。
「京橋の将来を担う様々な人が毎年集まる場を、京橋エドグランの開業を契機に作りたいんです」
度重なる木村の説得と熱意に、組合役員もついに首を縦に振った。
「わかった。木村君がそこまで言うならやってみよう」
組合からのGOサインを得て、木村はすぐに動いた。協賛金集めのメニュー作り、当日の曲目と演奏者選定、地域の踊りのお師匠探し、櫓や飾り付けの設営手配…。大阪時代と違い専門業者がいないため、すべて手作りで進めた。演奏者にはプロの篠笛奏者・和楽器奏者らを招聘し、カラオケをBGMに踊る一般的な町会の盆踊りとは一線を画す豪華な演出をした。
「途中で盆踊りを諦める理由はいくらでもありました。ただ、グループ企業理念にある『人と社会に安心と感動を。ともに考え、ともに創る。』という言葉に励まされ、『自分のやっていることは間違っていないはずだ』と何度も自分に言い聞かせて企画を進めました」

「大成功だね」と木村に握手を求めた、
権利者や地元の町会の方たち。

2017年9月。
「京橋二丁目盆踊り2017」が金・土曜の2日間開催された。初の試みということで参加者の出足が心配されたが、結局2日間延べ800人が盆踊りに参加した。仕事の帰りのサラリーマンや親子連れ、カップルなどが、世代を超えて一緒に踊りの輪を作った。通常の金・土曜と比べてビルへの来館者は2〜3,000人増加し、レストランやカフェには大勢のお客様が列を作り、売上げも増加した。
盆踊りは連日アンコールが起こるほどの大盛況だった。店舗の従業員もみな一緒に踊りの輪の中へ入り、最高の笑顔で記念写真を撮っていた。
ふと見ると、盆踊りの開催に当初消極的だった町会の人も、輪の中で一番楽しそうに踊っていた。木村の胸に熱いものがこみ上げた。必死に涙をこらえた。
 「大成功だね!」
京橋エドグランの権利者や地元の町会の方たちが、みな木村に労いの言葉を掛けた。
「来年はさらに町会の輪を広げて、多くの人に楽しんでいただけるようにしましょう。そして京橋エリアを隣の銀座や日本橋に肩を並べるような魅力ある街にしていきましょう!」
盆踊りをはじめとする一連の夏季イベントを終え、木村は次なるイベントを通じた施設の魅力作りに奔走する。
「京橋エドグランは幸運なプロジェクトだと思います」
木村はそう語る。
「TMによって銀座と日本橋の中間に位置するポテンシャルを最大限に引き出し、最高の施設にしていきたい。一過性のイベントをただ開催するだけでなく、権利者や地域とともにこのエリアならではのイベントを作りあげていきたい。『東京駅に程近い日本を代表する京橋という場所を、最高の状態で次世代に引き継いでいきたい』という熱い想い持った地元の方がいたことは幸運でした。京橋ならではのコミュニティのあり方、その答えのひとつが、約半世紀途絶えていた盆踊りの復活だったのかも知れません」
この夏、京橋エリアで盆踊りが復活した。それが5年10年と続き、いつしか伝統となっていく。50年、100年続く街の賑わいを生むためのアイデアを、現場のチーム一丸となってこれからも生み出していきたい。木村はそう願っている。

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